岸和田城
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岸和田城

■概要
岸和田城は豊臣秀吉の親戚武将・小出秀政が、天正13年(1585)に城主となり、五層の天守を築いて近世城郭に改修しました。現在は白亜の層塔型三層ですが古絵図を見ると5層の漆黒の望楼型だったようです。岸和田城は、金森氏とも関係があり大坂夏の陣にて出陣していた金森可重は徳川家康の命によって南の要所、岸和田城の守備を命じられました。

■私見
この時に可重は小出氏と姻戚関係になり一族の三尹は可重の三女、菊を妻としています。大坂夏の陣では金森・小出氏は岸和田城を守備して大坂方の大野治房率いる軍が南下して城にも攻撃をしましたが、寄せ付けず城を守り、大野軍が和歌山の浅野長晟に大敗すると城を出て追撃戦を行なっています。和泉の国で本格的近世城郭の岸和田城は三層の模擬天守が建てられ本丸周辺の立派な高石垣が残っており均整のとれた美しい城です。本丸の水堀と石垣は完全に現存していますが、堀も広く石垣も高く本丸部のみでも防御力の高そうな城です。

■アクセス
岸和田城の所在地  大坂府岸和田市岸城町 南海電鉄南海本線蛸地蔵駅から徒歩約5分


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