蛤城(古川城)
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蛤城(古川城)

■概要
蛤城(はまぐりじょう)の歴史は、古く、古川城と呼ばれるのが一般的ですが、築城は天文頃の築城で、一時は姉小路家の一つ古川姉小路家の居城としても機能していました。その後、牛丸、塩谷、そして三木氏の持城となり城主が変わるたびに整備拡張されましたが、金森長近の飛騨攻略時には、ほぼ無血状態で開城して金森可重が増島城を築くまでの一時的な居城でした。城内にある「蛤石」は、不思議と石に文様があり、神秘的です。昔は二つあったらしいのですが一つは雨乞いの為に宮川に沈めたという伝説があります。

■私見
城は、東西を断崖で要害ながらも主郭部は意外とこじんまりしていて全体的に各曲輪が狭く大きな建築物が建てられそうもありませんが、主郭部及び本丸外周の外曲輪の保存状態は、在良好です。急勾配の主郭の切岸が見事で、奥の一段高い場所に物見台があったと思われます。城内最大の見所は、内枡形の虎口の原形ぽい遺構と散乱する石垣残石です。この部分のみ近世城郭の雰囲気があり、かっこいい。金森氏が入封時には、石垣を使用してあった城郭だったらしく石垣は、増島城の築城の際に転用されたとも伝わっています。


■アクセス
蛤城(古川城)の所在地  岐阜県飛騨市古川町高野 アクセス 国道41線、新蛤橋を渡り、すぐ左折してある道を南に進みます。しばらく進むと吉城コンポの看板がある道を上の登ります。


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