愛宕公園
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愛宕公園

■概要
郡上市市役所付近の愛宕公園は関ヶ原の合戦の戦いの前哨戦であった郡上八幡城の攻略戦の際には、遠藤慶隆軍の本陣があった場所です。当時、郡上八幡は稲葉貞道の居城ですが、貞道が西軍についたため東軍についた遠藤慶隆は、徳川家康に旧領の郡上の奪還の約束をとりつけ親族の金森可重との共同戦線で八幡城を包囲しました。八幡城を攻め立て城は落城寸前まで追い詰められ、ついに稲葉方は和睦を申し上げ慶隆もそれを受理しました。しかし、和睦の後、夜に不在の城を強襲された稲葉貞道は、和睦で油断している遠藤軍に夜襲をかけました。不意をつかれた遠藤軍は総崩れとなり慶隆自身の身も危険にさらされ命からがら金森可重の本陣だった小野滝山へ逃げ延びました。五人塚は、遠藤長助・餌取作助・鷲見忠左衛門・粥川五郎左衛門・粥川小十郎の5人の勇士が稲葉軍に切り込み、逃がした五人を供養の為に建立したものです。

■私見
この愛宕公園は、背後に旧郡上の領主だった東氏の居城だった赤谷山城(東殿山城)がありそちらも利用できるという好所で八幡城を攻めるには一番よい陣所だと思います。遠藤慶隆は、和議で安心しきっている所に、稲葉軍の夜襲をうけて、さぞかし驚いたと思います。流れの激しい吉田川を家臣に背負ってもらって渡ったようなので、大変だったと思います。

■アクセス
愛宕公園の所在地 岐阜県郡上市八幡町  国道156号~市内  目標物、郡上市役所


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