関ヶ原の戦い(主戦)
[金森長近と一族][戦場][関連史跡][飛騨の城][時代祭とブログ]

関ヶ原の戦い(主戦)

■概要
慶長5年(1600)関ヶ原で行われた徳川家康(東軍)と石田三成(西軍)の戦いで、ここでは主戦の内容です。金森長近は、徳川家康の桃配山の最も近い陣で生駒・織田・古田らとともに前衛の細川・黒田・加藤らの後方に位置しました。金森隊は、合戦当初、古田、織田隊とともに小西行長隊に突撃して戦い、その後、不戦の島津を飛び越して、石田三成本隊、笹尾山に攻撃をしかけましたが、松尾山に布陣した小早川秀秋の裏切りにより、勝敗が東軍が勝利に近づくと島津義弘の敵中正面突破の攻撃をうけて壊滅の危機をむかえましたが、井伊直政・松平忠吉隊が島津隊を捕捉して猛攻を加えたために、金森隊も壊滅をまぬがれ戦線を維持することができました。

■合戦と金森長近について
飛騨編年史要には、「石田三成の笹尾山陣に向かい、大いにこれを破り、家士金森新右衛門・川尻勘平・田能村源治・吉田孫助・田島庄太郎・遠藤宇兵衛らに功があった。」と書かれており、さすがに主戦で闘っているだけあって、一進一退の様相で真面目に、必死に闘っています。


Kanamorisennki