小牧・長久手の戦い
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小牧・長久手の戦い

■概要
天下人への道を進む羽柴秀吉に警戒をいだいた織田信雄と徳川家康が同盟して天正12年(1584)尾張全域で戦った戦いです。兵力差は、圧倒的に秀吉軍が有利でしたが、家康が攻めにくい小牧山に篭ったため、秀吉方も楽田城に本陣を置いて各武将も陣城を築いて大規模な土塁を築いたために、戦線は膠着して持久戦となりました。戦術的には、ゲリラ戦にて羽柴軍を奔走させ長久手古戦場にて池田恒興・森長可軍を敗退させた徳川家康の勝利ですが、戦略的には、織田信雄を和議に持ち込み戦いの大義名分を失わせた羽柴秀吉の勝利と言えます。

■合戦と金森長近について
金森長近も羽柴方として従軍して家康の小牧山城を取り囲んでいます。飛騨編年史要には「長近、兵二千を率い羽柴秀吉に従い、織田信雄を尾州にて攻め、蜂屋頼隆と共に内窪山の砦を守る」と書かれているように長近は、かっての母衣衆の同僚であった蜂屋頼隆とともに久保山に布陣していましたが、一度も戦闘をすることがなく小牧・長久手の戦いを終っています。


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