金森長光(かなもりながみつ)
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金森長光(かなもりながみつ)

■人物
金森五郎八長光は、長近の晩年に久昌院との間に慶長11年(1606)に生まれた子です。金森家は関ヶ原の戦いの後に戦功で旧佐藤家の領地の上有知一万二千石を加増され六万石余の大名となりましたが、新領地を与えられたすぐ後に生まれたため長近は本領の飛騨を可重に与え、上有知は幼い長光に与えました。長光本人は、まだ幼いため長近の死後は、上有知に移った家臣団が補佐して政務を行なっていましたが長光は慶長16年(1611)にわずか六歳で亡くなってしまい、当然のことながら跡取りはいないため上有知は幕府に没収されてしまいます。

私見
もし長光が長生きしていたら、ニ家に分かれて存続して金森家の歴史は大きく変わっていたと思いますので残念でなりません。

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