岡前館(柳の御所)
■所在地 岐阜県飛騨市古川町杉崎岡前 ■遺構 なし ■城のタイプ 居館 ■築城者 姉小路氏
■概要
定本飛騨の城(郷土出版社 森本一雄著)によると飛騨の国司、姉小路氏は、南朝により国司に任命されて岡前近辺に居館を構えて南朝方として活躍しましたが、北朝方の足利幕府の討伐をうけて前期姉小路家は、滅亡しました。しかし姉小路基綱が北朝から再び国司に任命されて文明3年(1471)飛騨に下向し、守護の京極家の被官だった三木氏を破りその後、文明飛騨の乱と呼ばれる守護(京極家)と国司(姉小路家)の争いが起こりました。その後、子の姉小路済継が国司の後を継ぎ内政に尽力します。細江には、国学者田中大秀によって和歌の才のあった姉小路基綱と済継の遺徳を偲び、基綱が読んだ「故郷にのこるこころは心にて みはみほひなの身をなげくかな」済継の詠んだ「雲をわけ濁を出でしこころもや おなじ蓮の露の月影」という歌の碑文があり細江の歌塚と呼ばれています。
■私見
基本的に周辺は、宅地化して遺構は残っていませんが、前期、姉小路氏四代の居館は、岡前付近だったと推測されています。姉小路氏は、最終的に「古川」「向」「小島」の3家に分裂してしまいます。
■アクセス
細江の歌塚は、JR高山線「杉崎」駅から徒歩三分。駐車スペースなし。姉小路墓地墳は、飛騨市古川町岡前地区にある諏訪神社の敷地にあります。駐車場あり